発達支援専門コラム

ポジティブ行動支援(Positive Behavior Support:PBS)

 ポジティブ行動支援とは、子どもたちのポジティブ(前向き)な行動を育む方法の一つです。応用行動分析学に基づき、子どもの「行動の理由」を明らかにし、その理由に基づいた支援をおこないます。

 従来の保育でもその考え方は取り入れられており、例えば「友達を叩いてしまう」という望ましくない行動が確認される場合に、「注意をする」(罰)という短絡的な対応をするのではなく、「友達との関わり方がわからない」ということが問題行動の理由だと判明すれば、「その子に友達との関わり方のヒントを教える」という支援の方向性がみえてきます。そして、教えるだけでなく、望ましい関わり方ができたときには、しっかりと褒めることで、その子が望ましい行動をとる頻度が増えていくことになります(罰だけでは望ましい行動は増えません)。誰しもその場面における望ましい行動と望ましくない行動を同時に行うことはできないため、望ましい行動を増やすことで、望ましくない行動を自然と減らしていくことができます。

 「ポジティブ行動支援」のもう一つのポイントは、問題が起きた時ではなく、あらかじめ望ましい行動を教え、それができるような工夫をすることです。そこで美樹和会では、専門的な支援が必要な子どもだけでなく、すべての子どもに対して「ポジティブ行動支援」の考え方を取り入れたプログラムを、日々の保育で実践することにしました(園全体でこうした手法を用いることを「スクールワイドポジティブ行動支援」と呼びます)。現在は、朱雀みぎわ学童保育所と清水みぎわ保育園の2施設で先行的に取り組んでおり、それぞれの施設の特徴や子どもたちのニーズに対応した異なるプログラムを実施しています。


 この記事では、清水みぎわ保育園の取り組み事例を紹介します。同園では、幼児組の目標のひとつに「相手の話をしっかり聞くことができるようになる」ことがありました。保育士もその目標のために声かけを通じて子どもたちの聞く姿勢を引き出すように努力していました。そこに、ポジティブ行動支援の考え方を取り入れたプログラムとして、朝の会のお話の時間に「1."からだ全部で聞く"の紙芝居」(詳しくは文末の説明を参照)と「2.できていることが目で見てわかる工夫」「3.行動の動機づけ」(報酬)の3つを取り入れました。

「1."からだ全部で聞く"の紙芝居」は、キークというモンスターが、"話を聞く"ということは、全身を使って聞くことであることを伝えるために、手や足、頭の中などどんなふうにして聞くのかをひとつひとつ分かりやすく説明する紙芝居です。

「2.できていることが目で見てわかる工夫」は、子どもたちが話をちゃんと聞けているときには透明な筒にボールを入れていく、ということを子どもたちに伝えて実施しました。

「3.行動の動機づけ」としては、透明な筒がボールでいっぱいになったら「いいことがある」(たとえばおやつが増える)と子どもたちに伝えることで、適切な行動を獲得するための動機づけを高める工夫をしました。

このプログラムは、帝京大学・稲田研究室の研究の一環として、みぎわの協力のもとに行いました。実施前までは、子どもたちも耳では先生の話を聞いていましたが、よそ見をする、手遊びをする、足をぶらぶらさせる等、の様子が比較的多くみられていました。キークの紙芝居(図1参照)を使って、耳だけでなく、目や口、手、足、お腹、お尻、など「全身を使って話を聞く」ことを意識するように促すことで、それらの部位を意識して話を聞いている様子がそれぞれの子どもに見られるようになりました。

このプログラムの中で「全身を使って話を聞く」ということは、当初は子どもたちにとって「いいこと(報酬)」のために頑張っていたかもしれませんが、「全身を使って話を聞く」という習慣が身についた後は、「いいこと(報酬)」がなくとも、一部は継続している様子でした。

なお、研究を目的として、プログラム中の子どもの様子とプログラム前後の子どもたちの様子をビデオ撮影し、話を聞く際の望ましくない行動を決め、その出現頻度をカウントしました。プログラム実施中(4日間)は実施前の1/2程度まで望ましくない行動の出現頻度が下がる結果となりました。プログラムの終了から1週間後の出現頻度は実施前の2/3程度に一部戻っており、プログラムの有効性を示す結果ではあるものの、プログラムの実施期間を長くしたり、定期的に実施するといった定着を諮る工夫の必要性が示唆されました。

 これらのことから、保育の中で目標としていた「相手の話をしっかり聞くことができるようになる」ためには、

(1)話の聞き方(全身で話を聞くこと)がわかる

(2)長い話の間、自分たちが正しい話の聞き方ができていることが定期的にわかる

(3)正しい話の聞き方をやってみる動機づけをもつ

という3つの要素が必要だったことがわかります。

 今後も美樹和会ではポジティブ行動支援の考え方を積極的に取り入れ、それぞれの施設での子どもたちの目標に合わせたプログラムを展開していきたいと考えています。

図1."からだぜんぶで聞こう"の紙芝居の一例

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画像1.「"からだぜんぶで聞こう"の紙芝居」

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画像2.「できていることが目で見てわかる工夫」

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"からだ全部で聞こう"の紙芝居について

 "からだぜんぶで聞こう"は、1990年に言語聴覚士であるSusanne Poulette Truesdale先生によって初めて紹介され、その後そのコンセプトを用いて、全米で、全身で聞くことを伝えるために絵本やポスターなどが用いられてきました。今回、帝京大学の稲田尚子准教授により、キークという子どもたちに好まれそうなオリジナルなモンスターキャラクターを使って、首や表情を使うことなども追加して、"からだ全部で聞こう"の紙芝居が開発され、子どもたちのお話を聞く望ましい行動を楽しく増やすための新たな取り組みとして、関東の一部の幼稚園等でも導入されています。

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